※春奈と小鳥遊の出会い。ねつ造。
1年後設定。


中2の1年間は色々なことがありすぎた。不動に真帝国にスカウトされてMFとして試合に出た。男どもを抑えてのレギュラー入りだったから、当然、レギュラー落ちした面々からはそれはそれはうとまれたものだった。だけど、別にそんなこと気にもしなかった。
強豪だと言われる学校と何回も戦った。例えば―雷門とか。負けたけど。そして、真帝国が崩壊してみんなバラバラになって、あの総帥とか言う変なおさわがせオヤジが死んでから1年。
今のアタシの状態は、さしずめ凪だろうと思う。
色々なことがめまぐるしく過ぎて行った去年と比べて、今年はあまりにも静かだからだ。普通に学校へ通う、普通の女子中学生。ごくごく平凡な毎日を享受するだけの日常。
そんな生活が何日も続いたから、―平和ボケとでも言うのだろうか?―嵐が去った私の水面に石を投げ入れて波紋を広げるようなヤツが現れるなんて、思ってもいなかったのだ。


*
「あれ、小鳥遊さんじゃないですか?」
ある日曜の午後。駅のホームで、群青色のボブカットに赤ぶち眼鏡と言う出で立ちの少女が話しかけてきた。
一体誰だ、といぶかるこちらを気にもかけずに、少女は「小鳥遊さんですよね?真帝国の」とアタシの顔を見つめた。アタシはその言葉に驚いた。
アタシが真帝国に居たことを知っているのは、限られたごく一部の人間だけなはず―。
そんなアタシの驚きは、次の彼女の言葉で更に大きいものへと変化した。

「あ、覚えてないですよね?私、音無春奈って言います。イナズマキャラバンでマネージャーやってました。鬼道有人の妹なんですよ」
「え、アンタ、鬼道の―?」

鬼道有人。あのオヤジが異常なまでに執着していた、イナズマイレブンの司令塔。その妹―間接的にもアタシと真帝国を再び結びつけるヤツに会うなんて。けれど、謎は解けた。彼女がアタシを知っていたのは、マネージャーとして真帝国と雷門の試合を見ていたからなのだろう。
兄貴は変な格好してたけど、妹は至極普通だ。そんなことをぼやっと考えてる間も、彼女はアタシに向かって話続ける。そんなに口を動かして疲れないのかっていうくらいに。どうやら彼女は、1度口を開くと止まらない性質らしい。その割には相手の反応を気にしない。名字に反してやかましい娘だ。
畜生、嫌なヤツに捕まってしまった。アタシが眉を顰めると、ようやく彼女はこちらを気にする素振りを見せた。

「あ、すみません!つい話し過ぎちゃって・・・」
一応自覚はあるらしい。彼女はアタシに向かって頭を下げた。そう、それで良いからアタシを解放してくれ。
「こんなところで話をするのもなんですから、一緒にお茶でも飲みませんか?」
解放してほしいというアタシの希望は無残にも破れ去ってしまった。どうしてそうなる。どうしてそっちの方向に解釈する。ただアタシはアンタから解放されたいだけなのに。
文句のひとつやふたつ言ってやろうと思い、逸らしていた視線を彼女の方へ戻したら、きらきらした彼女の瞳にぶつかった。
「時間、ありますか?」
念を押すような彼女の問い。時間なら、ある。でももしここで「ない」と言えば、彼女から解放される。けれど彼女は悄然とするだろう。何となく想像できた。
そして、後味の悪い思いをするアタシ自信も。
「・・・あるわよ、少しだけなら」
だからつい、OKしてしまった。
彼女は明らかにアタシが誘いに乗るのを期待している顔をしていた。それを見てたら、断るのも可哀想だなんて思えてきてしまったから。
・・・丸くなった、アタシ。去年よりも。前ならこんな気の使い方なんてしなかったのに。
少し、胸がもやもやした。なんでだろう。

すると彼女は満面の笑みを浮かべて、アタシの腕をとってずんずん歩き始めた。
ハァ・・・と、アタシは人知れずため息をついた。


*
入ったのは駅前の小さなカフェだった。
彼女は入ってすぐのところにあるテーブルの椅子に腰かけた。アタシもそれにならって座ると、彼女からメニューを渡された。

「せっかく入ったんですから、何か食べましょう!私、奢りますから!」
なんていうか、入ったっていうか連れてこられたって言うか。そこら辺は微妙なところだけど、奢ると言うのだから乗らない手はない。
とりあえず適当にコーヒーを選んで、店員が来るのを待った。彼女は紅茶とマフィンを選んで、「ここのマフィンがすっごく美味しいんですよ!あとで半分こして食べましょうね!」と嬉しそうにしていた。

店員にメニューを頼み、運ばれてくるのを待っている間の彼女は静かだった。どことなくそわそわしている風でもあった。そんな彼女の様子に少しひっかかりを覚えたけど、それは置いといて、1年以上前に1度だけ試合をしたことのある学校の選手であるアタシにどうして彼女は話しかけたのだろう。しかも駅で偶然会っただけなのに。ちょっと考えてみるとなんだか不思議な気がした。

「ねぇ、アンタさ」

「はいっ!?なんですか?」

「なんでアタシに声かけた」

「へ・・・っ?あ、ああっ!ほら!頼んでたやつ来ましたよ!!食べましょう!」

・・・話を逸らされた。店員が2つのトレーを置いて去っていく。

「はい、小鳥遊さんの分っ」
と、彼女は半分にしたマフィンをアタシのトレーの上に置いた。

「もう1回訊くけど、なんでアタシに声かけたの?」
話をぶった切られたから、もう1度同じ質問をした。すると、面白いくらいに彼女は動揺した。
ずず。コーヒーを啜る。家で飲むインスタントコーヒーと同じ味がした。

「え、ええ・・・??い、言わなきゃ駄目ですか・・・?」

「当たり前じゃない。コッチは半分無理やり連れてこられたようなモンなんだから。わざわざ声かけてこんなところに連れてきた理由くらい教えてもらわないと割に合わないわよ」

「え、うう・・・。わかりました。言います。えっとですね・・・」

さっきまでの彼女はどこへ行ったのか。機関銃のように言葉を発していたその口は、今は必死に言葉を探すようにもごもごと動くだけだ。
なんで肝心なところで勿体ぶんだよ、とイライラし始めたところで、ようやく彼女は口を開いた。

「小鳥遊さんのことが、ずっと気になってたからです!!」

「・・・え?」

斜め上を行く回答に、知らず反応が遅れてしまった。『ずっと』?『気になってた』?どういうことだ。
でもそれを訊く前に、アタシの心を読んだかのようなタイミングで、彼女が話を続けた。

「初めて小鳥遊さんを見たとき、凄いって思ったんです。男の人しかいないのに、男の人たちに負けないくらいのプレーをするし。それに、素敵な人だなあって・・・。それで、今日たまたま駅で小鳥遊さんを見かけて。これは声をかけるしかないって思っちゃって」

更に爆弾が投下された。『素敵な人』。そんなことを言われたのは初めてで、アタシはどんな反応をすれば良いのか全くわからなくなってしまった。サッカー以外で人に褒められるなんて、今まで無かったのだ。本当に。
サッカーの時は、褒められても「練習を積んだ上での当たり前の結果」として受け止めていたから特に何にも感じなかったけど、今はなんだかむず痒い。このむず痒さが嬉しさなんだろうか?

もし彼女が言っていることがその場だけの嘘なら、切り抜けられたと思う。けれど―。顔を真っ赤にして、必死になって「何か」を伝えようとする彼女の表情は真剣そのもので、今言ったことが真実ということは火を見るよりも明らかだった。
どうしよう。
なんて言えば良いんだろう。
沈黙が気まずかったのか、彼女が伏せていた瞳を上げ、アタシ達2人の瞳が正面でかちあった。
何かを言わなければ。
なんでも良いから。
そう考えれば考えるほど何を言えば良いのかわからなくなっていく。同時に、駅のホームで感じたあのもやもやが再びアタシの心の中に現れたのを感じた。
そして、
「バカじゃないの」

ぐるぐると頭の中で迷った末に出た言葉がそれだった。
ああ、アタシはこういう人間なのだ、と思った。不快感や嫌悪感と言った類のものは素直に出せるのに、喜びや楽しさを素直に表現することができない。それは今に始まったことではなく、真帝国に居た時はずっとそうだったのだけれど。

「やめてくんない?そういうの、アタシ1番嫌い。ちょっと外面が気に入ったからってキャーキャー騒いじゃって。ウザいのよ。
ずっと気になってたんなら、直接会う機会を待つよりも佐久間あたりにアタシのメアド訊いてメールでも送ってくれば良かったじゃない」
メールが送られてきたら送られてきたで、多分返さないと思うけど。今はそんなこと関係なしに、ただ彼女への否定の言葉が溢れた。天の邪鬼人間なのだ、アタシは。それはわかってるけど、1回スイッチが入ってしまうと止まらないのだ。
彼女の顔がくしゃりと歪んだような気がした。さっき上げられた瞳が再び伏せられる。泣くか?と言う私の予想に反し、彼女は素早く顔を上げて、笑顔で言った。

「あはは!ごめんなさい、私、小鳥遊さんのこと考えないで1人で突っ走っちゃって。悪い癖ですよね、これって。
でも、嫌な思いさせちゃって・・・。本当に。ごめんなさい。私、用事が出来ちゃったんでもう帰りますね。私の分も食べてください」
お金は払っておきますから、と彼女は足早に席を立った。
そのあとでアタシは猛烈に後悔した。
素直じゃない自分に。

後悔と同時に、「天の邪鬼は生まれつきなんだからしょうがないじゃない」と言う思いと、「そんなことで相手を傷つけるなんて、バカらしい」と言う思いが激しく対立し始めた。
悪いのはアタシだってわかってるけど、どうしても自分を守ろうとしてしまう。自分がこんな人間だなんて思ってもいなかった。そして多分きっと、さっき感じたあのもやもやは感情を素直に表に出すことができる彼女への嫉妬だったのだろう。
ここに入ってすぐの時に彼女が妙にそわそわしていたのはきっと、アタシに会えた・・・喜びからで。

(〜〜〜!!!!!)

あたしは席を立って、食べかけ飲みかけのマフィンとコーヒーと紅茶をそのままに、店を飛び出した。
ここで何もしなかったら、後になって今以上に後悔するような気がしたから。


*
「ちょっと、待ちなさいよッ!」

「ひゃあッ!! た、小鳥遊さん!?」

探すのに難儀するだろうと思ったけど、彼女は案外簡単に見つかった。

「どうしたんですか・・・。あれ、もしかして私、忘れ物してました!?」

「違うわよ。・・・その、さっきは・・・」
と、ここまで来てアタシはその先に続く言葉を用意していないことに気付いた。
だけど何かをしなくては。そこでアタシは咄嗟に、持っていたバッグの中からケータイを取り出した。

「ケータイ」

「・・・え?」

「ケータイ出せっつってんの」

「あ、はい・・・。どうぞ」

渡されたケータイを素早く操作し、赤外線でお互いのアドレスを交換する。

「はい」

「え、え?小鳥遊さん??」

「これでいつでも連絡できるでしょ」

「えッ!!・・・良いんですか!?」

「悪かったらわざわざこんなことしないわよ、バカ」

「嬉しいっ、小鳥遊さんっ!!大好きです!!」
そう言って、彼女は満面の笑みでアタシに抱きついてきた。『嬉しい』。彼女はやはりアタシとは違うのだ。だから今だってこうして、言葉と行動で自分の気持ちを示している。
だけど何故だか、嫉妬は起きなかった。不思議だ。たった数分の間で他人に対する嫉妬が消えるなんて。

と、そんなことを思っていたが、ここは往来のど真ん中だ。そんなところで抱き合う女子中学生2人を、道行く人がじろじろと見ては通り過ぎる。

「あ゛〜〜〜っ、ひっつくんじゃないわよ、暑苦しい!!」

アタシは無理やり彼女をはがした。

「ご、ごめんなさい。でも、どうしていきなりアドレスなんて・・・」
キョトンとした顔でアタシの顔を覗き込む彼女。

「奢ってくれたお礼」
嘘。本当は、酷いことを言った罪悪感からなのだ。
嘘だと言うことを、少しそっぽを向いたアタシから察したのだろう。彼女はクスリと笑って、「ありがとうございます」と言った。
それに、

「ねぇ、小鳥遊さん。私、別にさっきの気にしてませんよ。そりゃあちょっとは傷つきましたけど、小鳥遊さんと少しでも言葉を交わせただけで奇跡って思ってましたし、小鳥遊さんの言うことも尤もだし・・・。
ふふ、でも小鳥遊さんが優しい人で良かったです!」

にこにこ笑ってケータイに頬ずりする姿は、本当に気にしてなさそうだ。余計な体力使わされた気分で少しイラッと来たけど、悪態を吐くのもバカらしく思えた。

「――あ、本当に時間がヤバいや。小鳥遊さん、帰ったらメールしますね!」

そう言って彼女はアタシの傍から離れて行く。
けれど2,3歩歩いたところで後ろを振り向き、アタシに訊ねた。

「あ、そうだ、小鳥遊さん。好きな人って今居ますか?恋愛的な意味で、ですよ」

「・・・いないけど」

「そうですか!良かったあ。あ、今度会うときは私の事『春奈』って呼んでくださいね!さよなら、忍さん」

ヒラヒラと手を振って遠ざかっていく彼女の言葉に、またもやアタシは悩んだ。何が『良かった』んだろう。それに、『名前で呼べ』なんて。
性格上友達をなかなか作ることができない(というか作る気がない)アタシにとっては無理難題だが、まあなんとかなるだろう。そんな気がした。


*
なんだか今日は疲れてしまった。
春奈はかなり強烈なインパクトだった、と思う。

それにしても、春奈の『素敵な人』と言う言葉は、やっぱり恥ずかしい。そして、やっぱり嬉しい。それに、抱きついた春奈の腕の感触。他人に触るなんて、サッカーの試合中以外滅多にないから新鮮だった。
そんな風にして今日の事を思い出してみると・・・。ああ、ヤバい。顔がどんどん熱くなる。

「って、なんでアタシが顔赤くしてんのよ」
なんとなくイライラしてきて、部屋のベッドの枕を殴る。

それでも考えてしまうのは今日会った春奈のことで。
かなり社交的なヤツだった。それに一途。1年以上もアタシに会うチャンスを探していた。そんなことを考えていたら、また顔に熱が集まってきてしまった。

「ああ、バカ、バカ」

1つはよくわからない気持ちになってるアタシ自身に、もう1つはこんな気持ちにさせた春奈に。

黒いもやもやとは違うもやもやは消えないまま、夜は更けていく。



end
HPの方ではあんまり言ってなかったけど、今年はイナイレ女子フィーバーな年だったんですよ。
小鳥遊ちゃんが好きでそれを形にしたくて作ったお話。
私はゲーム未プレイなのでゲームの方はよくわかりませんが、少なくともアニメでは春奈と小鳥遊ちゃんの絡みはありません。


あと小鳥遊ちゃんの口調も捏造です。(もうちょっとツンケンしてるかも!)
春奈はもっと常識をわきまえているはずです!


2010年12月18日