春日望美は、悩んでいた。
京での生活、そして白龍の神子としての役目にも慣れつつあった。九郎や弁慶など、京で出会った人々とも仲良くやっていた。
望美自身、自分の順応性の高さに驚くこともあるくらいだった。

―そんな望美の悩みの種は、朔だった。

京に来て間もない頃、右往左往するばかりだった望美を支えてくれたのは、朔だった。
どんなささいな悩みでも親身になって相談に乗ってくれた彼女を、望美は実の姉のように思っていたのだが、最近、朔にそれ以上の感情を抱いている自分に気づいたのだ。

―私は、朔が好きなんだ―

友愛よりももっと大きい。
ちょうどそれは、望美が中学時代、片思いしていたクラスの男子に抱いた想いと似た感情だった。
でもまさか、そんな感情を女の子に対して抱く日が来るなんて―。望美は思ってもいなかった。

*

朝起きたらまず朔を探したし、昼も朔の声を求めた。朔に始まり朔に終わる―。そんな毎日を今まで飽きるほど繰り返していたのに、望美は自分では朔に対する恋心を自覚することができなかったのだから逆にすごい。

―望美が自身の恋心に気づいたきっかけは、弁慶の一言だった。
「望美さんは、本当に朔殿が好きなんですね」
「―え?」
普段なら「あ、わかりますか?」と軽く流していたのだが、その日は何故かそれができなかった。
それどころか、「好き」というたった一言が、望美の心の中でいつまでも響いた。

*

(私って、もしかしたらおかしいんじゃ・・・)
時に望美の心の中に、そんな思いがよぎりもした。
というのも、望美の中に「女は男を好きになるもの」という根拠のはっきりとしない思いが根付いていたし、望美自身、女同士や男同士に良い思いを抱いていなかったからなのだが。
(だってきっと、こっちの世界にも根強い偏見があるよ・・・)
仮に想いが通い合ったとして、―女同士だ―誰も祝福なんてしてくれないのではないか。
いや、もしかしたら、想いを通わせる前に朔に否定されてしまうかもしれない。
(朔が私のことを気持ち悪がるかもしれない・・・)
それに、今まで仲良くしていた人たちも離れて行ってしまうかもしれない。
なにより、自分の中に知らない自分がいるようで気持ちが悪かった。

(恋をすることはこんなにも辛いことだったっけ・・・?)

それでも、朔への想いを拭い去ることはできなかった。

*

「望美」
一通り考えた後、不意に後ろから朔の声がした。
「あ、朔。どうしたの?もう夕ごはんの時間?」
「ええ。・・・それより望美、あなた最近変よ。何か悩み事でもあるの?」
「え・・・?」
予想外の朔の言葉に、望美はその後に続く言葉を紡ぐことができなかった。
ましてや「悩み事」が朔に関することだなんて、今の望美には絶対に言えるはずがなかった。
「ううん。悩み事なんてひとつもないよ。みんな優しいし」
咄嗟の嘘だった。口をついて言葉が出ていた。
「そう?なら良いのだけれど。悩み事があったらいつでも相談に乗るわ」
「うん。ありがとう。本当にうれしい」
それは望美の本心だった。
そこで望美ははっとした。

―私は"今"が良いんだ。

恋愛対象とかじゃなくて、友達として笑い合える"今"が。
そう思ったところで、望美の朔に対する恋心が消えるわけではないのだが。
―なんだ。悩む必要なんてなかったんだ。
自分の気持ちを否定して、悩んで。そんな行動が途端に馬鹿馬鹿しく思えて、望美は思わず苦笑した。
好きになった相手が女の子だったなんて、気にする必要なんてないのだ。

「朔、好きだよ」
突然の望美の言葉に朔は驚いたが、直ぐに微笑んでみせた。
「ええ。私も。―望美、好きよ」
朔の「好き」は「友達として」の「好き」だ。だが望美は、それでも満足だった。

想いを伝えられなくても、朔が想いに応えてくれなくても、一緒にいられればそれで良い。
―どうか、戦いが終わるまでは。

今願うことと言えばそれだけだった。

望美と朔の間を、春の暖かな風が通り抜けて行った。






初めて(?)挑戦したSSです。
表現の稚拙さとか語彙の少なさとかは、まだまだ私が未熟ゆえのことなのでどうか許して下さい。

2009年3月1日