夏祭り。
近所のちょっと大きな神社で開かれるそれに、わたしとヤマトは一緒に来ていた。
恋人繋ぎで、色んな屋台を冷やかしたり。途中までは楽しいデートだった。
途中までは。



それを一口食べて、ああこれは失敗したな、と思った。そしてよりによって大きいサイズを買ってしまった自分を殴りたくなった。
何がやばいかって、甘すぎるのだ。たった一口食べただけなのに、一気に口の中の水分が持っていかれた。
しかし折角買ったのだから食べられるところまでは食べようと思い、ちまちま食べていたのだが、限界は思ったより早く訪れた。

1/3ほど食べてあきらめたりんごあめは、私の手の中で嫌な存在感を放っている。


そんなこんなで、りんごあめのせいで楽しいデート気分はどこかへ行ってしまった。と言ってもそれはわたしだけの話で、ヤマトは楽しそうにキョロキョロしている。
それでわたしの様子が変わったのには気づいてないんだけど。


(…もしかしたら)

ヤマトなら、りんごあめを食べてくれるかもしれない。

「…ねえヤマト」

そんな希望をもって、ヤマトに話しかけた。

「なにー?」


「…ごめん、りんごあめ食べてくれないかな」

「え…? うわっ!!」

「!!」

そのとき、どういうわけだか一気に人が増え、わたし達は今まで歩いていた通りから押し出されてしまった。

「あーびっくりした。大丈夫、コウヤ?」

「う、うん」


気がついたら、屋台のある賑やかな通りから外れた閑散とした場所に立っていた。
閑散としてはいるが、屋台からの明かりが届くので暗くはない。

「で、さっき言おうとしてたのって何?」

「あ、そうだ。りんごあめ食べてくれない?」
そう言うと、ヤマトはりんごあめを見て、それから私を見つめ、「ああ、」と言って私に近付いた。

(食べてくれるんだ…)

そう思いヤマトにりんごあめを差し出すが、しかしその手はやんわりと押さえつけられ、気がついたら唇を塞がれていた。

「ん…!」

ヤマトの舌が、私の唇をペロリと舐める。
「ん…ふ…」

あまりに突然のことで頭が上手く回らない。啄むような口づけ。時々またぺろりと唇を舐められる。
しかし、独特の感触が気持ち良い。このままヤマトに身を任せてしまおうか、なんて考えが浮かんだが、今ここは外である。家の中ではない。
その事実を思い出した途端に、少し上がり始めていた熱は急激に冷めた。
しかしその間にもヤマトはキスをやめようとはしない。

(ヤマト、そろそろ…)

顔を無理にでも離そうとすると、逆に深く口付けられ、離れることができない。
誰かに見られたら…
そんな考えも頭に過って、わたしはどうすれば良いのかわからなくなってしまった。するとそれまで閉じていたヤマトの目がうっすらと開き、私の動揺をすべて見透かしたように、にやり、と弧を描いた。それとほぼ同時に、わたしはヤマトから解放された。

「っはぁ…」

「は…。なに、いきなり。人に見られたら…」

そう言うと、今度は腰に手を回され、引き寄せられた。

「だーいじょーぶだって。ここ、人全然いないし。
ところでコウヤさ、りんごあめ食べたのはじめて?」


「うん…そうだけど」

ニヤリ、と先ほどのようにヤマトの目が弧を描いた。

「りんごあめ食べるとね、口紅つけたみたいに唇が赤くなるんだよね…。コウヤは普段リップとかつけないからさ、ちょっと興奮しちゃった」

へへ、と笑い、ヤマトはわたしの唇を指でなぞる。その手つきに、さっきの舌を思い出してしまい、顔が赤くなった。


「可愛いなあ…。コウヤは」


慈しむように、ヤマトが私をじっと見つめる。その瞳がなんだか恥ずかしくて視線をさまよわせると、あることに気づいた。

「って…りんごあめ、落ちてるし…」


キスの時に落ちてしまったのだろうか。先程までわたしの手の中にあったりんごあめは、今は地面の上。土やら何やらがこびりつき、とても食べられたものじゃない。


「…そんなの、蟻の餌にでもすれば良い」


ヤマトに引き寄せられ、さらに体が密着する。


「それに、りんごあめならさっき食べたし」

「え、ヤマトは買ってなかったじゃない」

「違う違う」

不意にヤマトに再び唇を舐められ、背筋がしゅっと伸びてしまった。

「りんごあめの味がしたから、それで十分だってこと」

「…っ!!」

「すっごく甘かった」

そう言うヤマトはしたり顔。

「も、もう二度とりんごあめなんて食べないから…」

「そう?まああたしはいーけどぉー」

心底楽しそうに笑い、ヤマトはわたしを解放し、歩き出した。

「ヤマト?どこ行くの」

「もう帰ろ。遊び尽くしたし…。それに」

「?」

「あたし、『その気』になっちゃったから。責任取ってね」

「なっ…!!」

果たして今夜は眠ることができるのだろうか。

ヤマトの足取りは軽く、鼻唄を歌い出さんばかりの上機嫌だ。
対するわたしは…。少し期待してることを気取られまいと必死で。

りんごあめはもう本当に止めよう、と心に決めたのだった。


…それからしばらくは、林檎を目にする度に顔が赤くなるようになってしまったのは、わたしだけの秘密…



2012年3月2日