※高校パロ
※塔子←夏未です


1日の授業がすべて終わった後の教室に残っているのは夏未ひとりだった。


ほんの30分前までは数人の生徒が残っていたのに、その生徒たちも部活やら何やらで荷物を纏めて出ていってしまった。夏未はと言うと、放課後返上で生徒会の資料をまとめていた。
事務系は得意だが、ひとりで何十分も同じ作業をすると言うのは案外骨が折れるものだ。夏未は忙しく動かしていた手を止め、外のグラウンドを見た。サッカー部が練習に勤しんでいる。夕陽の中、ひたすらにボールを追いかける姿が眩しい。

いつもと変わらない2月14日が、終わろうとしていた。





しばらくサッカー部の練習を眺めたあと、生徒会の作業に手を戻しかけたとき、教室の後ろの扉が不意に開いた。思わず振り向くと、そこには塔子が居た。

「夏未!何やってんだ?」

「生徒会の資料の作成だけど…。あなた何故ここに?サッカー部はまだ活動中でしょう?」

そう、塔子は高校に入ってから、サッカー部のマネージャーをやり始めたのだ。「女子サッカー部が無いならマネージャーになるしかないだろ!」と、筋が通っているのか通っていないのかよくわからない理由で始めたマネージャー業も、最近は大分板についてきたらしい。

「そうなんだけどさ。今ちょうど休憩に入ったから来ちゃった。夏未ならここに居ると思って」

「…私に用があって来たの?」

「ああ!夏未、『友チョコ』って知ってるか?」

そう言って塔子は夏未の前の席に座り、夏未と向かい合う姿勢になった。

「『友チョコ』…?ええ、聞いたことならあるわ」

夏未は育ちが良いせいか、世間の行事には少し疎い。2月14日がバレンタインデーで、女性が意中の男性にチョコレートを贈る日だと言うことは前々から知っていたのだが、友チョコと言う言葉を知ったのはつい最近だった。
しかし塔子からその言葉を聞くとは思っていなかったので、少し面食らった。

塔子はそっか!と元気に頷いて、提げていた鞄の中から可愛らしくラッピングされたお菓子を取り出した。

「はい、あたしからの『友チョコ』だ!チョコクッキーだぞ。手作りなんだ!」

そう言って夏未に手渡す塔子はどこか誇らしげで可愛かった。しかし夏未の表情はどこか曇っている。

「私…、甘いの苦手なのよ…。ごめんなさいね、折角作ってもらったのに…」


そうなのだ。夏未は甘いものが苦手だ。チョコレートの類いは特に。ビターなら食べられるのだが。
しかし塔子は笑みを深くし、言った。

「そっかそっか!安心してよ、それ、ビターチョコ使って作ったんだ!」

「え…」

「昔言ってなかったか?甘いもの苦手だって」

その言葉に、夏未は考えた。誰かの前でそんなこと言っただろうか。

「…言った覚えは、無いわ」

「あれ、そうだったっけ?じゃあ、別の誰かが言ったのとごっちゃになってたんだな。でも、結果オーライで良かったよ」

にっこりと笑う塔子に、夏未は何故か顔が火照るのを感じた。おかしい、どうして?混乱したが、まずはお礼を言うのが先だ。

「ありがとう、塔子さん」

「へへ、サッカー部の皆にもあげたんだけど、運動したあとって甘いものが欲しくなるだろ?だから甘いのあげたんだ。あとパパとSPの皆にも。だから、夏未のは特別。」

「特別…」

「そう、特別。」

特別と言われて、夏未はまた顔を赤くした。俯いた夏未を不思議に思い、塔子は「どうかしたのか?」と声をかけた。

「だ、大丈夫よ、心配ないわ。」

なんとか取り繕う。

「そうか?なんか顔赤い気がするけどなあ。あ、そろそろ行かなきゃ。
夏未、甘いの苦手でも疲れたときは甘いもの摂らなきゃダメだぞ。体壊しちゃうんだからな!」

そんな塔子の言葉に、夏未の心臓は高ぶった。意味のわからないそれに、夏未はぎゅ…と胸の前で手を握る。
その夏未の動作を、塔子は見ていなかった。そのことに何故か安心している夏未が、いた。

どうして今日は塔子と居ると調子が狂うのか。頭の中でぐるぐると考えていた夏未は、あることを思い出した。


3月14日はホワイトデーで、チョコのお返しをする日だと言うこと。

「と、塔子さん!」

夏未は、教室を出ようとする塔子の背中に呼び掛けた。
そして後ろを振り向く塔子に、こう、言った。

「ホワイトデー…。期待しててもよろしくってよ」

塔子はと言うと、またにっこり笑って、

「甘いので頼むよ!」

じゃーな!と言って廊下を駆けていった。

「……ふぅ。」

再び教室にひとりになった夏未の口からは、自然とため息がもれた。

(塔子さんのチョコ…。)

特別な、自分だけの『友チョコ』。
特別という言葉と、塔子の笑顔に高鳴った自分の胸。

それはもしかしたら…恋なのかも知れないけれど、そう結論付けるには性急過ぎる気がする。

(それに、まさか私が塔子さんに恋をするなんてね…)

まずは手の中にある「特別」をよく味わってから考えてみよう、夏未はそう思った。


外は先程よりも闇が濃くなっていた。
いつもと変わらない…いや、いつもよりちょっとだけ幸せな2月14日が、終わろうとしている。


2012年3月25日/初出:2011年2月16日