My Sweet Flower


※ふみちゃんが、千津ちゃんとのことをもっと早く杉本先輩に伝えていたら、というお話です。
※時期的には、藤ヶ谷演劇祭よりも前です。




春の暖かさは影をひそめ、最近すっかり暑くなった。
それと同時に、演劇祭本番も近づいてきていた。お芝居が完成していくのを感じるのはとても楽しいことで、練習にも自ずと力が入った。
藤ヶ谷での練習もここのところ毎日あったけれど、それをキツイと感じたことは1度もなかった。

ただ、京子の顔や各務先生の顔を見るのは、少しだけ辛いのだけれど。

*

「はーい!じゃ、30分間の休憩ね!」

いつもと同じ今日だ。藤ヶ谷で通し稽古をして、舞台監督の3年の声を合図に一斉に休憩に入る。
私は舞台を降りて、先輩素敵でした、という後輩たちに「ありがと」と声をかけながら外へ出ていく。

練習で火照った顔を冷やすために水道でバシャバシャと洗っていると、傍に人の気配を感じた。蛇口を止め、顔を上げると同時に「・・・先輩?」と控えめな声。

「・・・ふみ」

「先輩、タオル持っていなかったから。はい、どうぞ」

ああ、そう言えば。ホールの蒸し暑さから早く解放されたくて、持ってくるのを忘れていたのだ。

「ありがと、ふみ。・・・よく気がつく良い子だ」

「もう、先輩」

少し顔を俯かせるふみが可愛い。

「どうだった?ヒースクリフ」

「はい!すごく、素敵でした。本番もこの調子で・・・」

「ふふ、ありがと。ふみにそう言ってもらえると凄くうれしいわ」

これは私の本心だった。さっきみたいな女の子たちに言われるよりも、ふみに言われる方がずっと嬉しい。好きだから、だろうか。ふみのことが。
そんな私の言葉に、ふみはさっきよりも深く顔を俯かせる。

「またそんなこと・・・」

小さく聞こえてきたのはそんな声で、私は思わず頬を緩ませた。
顔上げなよ、と言いかけて、はたと気づく。なんとなく、ふみがいつもと違う。
俯かせた顔から少し覗くのは不安げに沈む瞳。

「・・・ねぇふみ、何か隠してることあるでしょう」

ふみが今私のところに来たのは、ただ単にタオルを渡すためだけじゃない。そんな気がしたから、私はふみに訊いた。

「えっ?・・・無いですよ、そんな」

顔に思いっきり「言いたいことがあります」って書いてあるのに、それを隠そうとする彼女に少し苦笑する。
「ふみにとってタオルは口実」。それは確信に変わっていた。

「嘘。だったら目を見て話しな」

「・・・どうして、わかったんですか」

「顔に書いてあるもの。・・・言ってごらん?すっきりするでしょ」

そう言うと、ふみは一度上げた顔を再び俯かせた。

「・・・ごめんなさい。先輩。話すなら、人気のないところが良いです」

・・・言わせたのは私なのに、悪い予感で少し、心臓が跳ねた。

聞かない方が良い、と頭の中に警鐘が鳴り響く。

きっとふみから良くないことを聞かされる。「根拠のない確信」が私の頭を支配していた。

「・・・いいよ。ついておいで」

私の口から出た言葉は、けれどそんな言葉だった。

―だってふみの前では、完璧な杉本恭己でいたいもの。
頭の中で、もう一人の私がそう囁いた気がした。


*

勝手知ったる藤ヶ谷女学院、だ。私はふみを連れて、藤ヶ谷に居た時にお気に入りだった場所へと足を運んだ。ここなら誰も来ない。

「・・・で、ふみは私に何を話したいの?」

少し詰問調になってしまうのはこの際仕方がない。私がそう問うと、ふみは「えっと」と口をもごもご動かした。

「本当はもっと早く言っておくべきだったんですけど・・・」

さらりとふみの髪が揺れる。

「・・・あたし、先輩と付き合う前に付き合っていた人がいます。
・・・その人は女の人なんですけど、本気で好きでした・・・。私は。
・・・あっちは、本気ではなかったんですけど」

そう涙声で告げたふみに、私の心はぐらりと揺れた。
ふみはきっと、その人のことをまだ引きずっている。そのことはふみの瞳から流れる涙が語っている気がした。
それに、このことを言うまでにかなり悩んだ筈だ。言うか言わないか悩んで、結局言うことにして。けれど声に出したらその言葉の手触りの冷たさに直面して、涙が止まらなくて・・・。

―それでも私に伝えたふみは、やっぱり強い子だ。

私はそう思った。
そんな思いとは別の思いが芽生えたのもまた事実だった。正直言って、ショックだったのだ。
ふみは私だけを見てくれていると思っていた。でもそれは自惚れだった。ふみはその女性の面影を未だに追っている。

―突きつけられた現実に、ずきりと胸が痛む。その痛みから目を背けたその先に、ひとりの少女が立っていた。藤ヶ谷の制服。ショートヘア。あれは私だ。そしてその正面には、


―各務、せんせい。

ショックなのはふみのことな筈なのに、こんな時に真っ先に思い出してしまうのが各務先生なんて、少し可笑しい。
中学の時、この藤ヶ谷女学院で姉の恋人である各務先生に告白して振られたこと。


(こんな時に思い出すのが、そんなことだなんて)
私はふみに気付かれないように、自嘲的な笑みを口元に浮かべた。

各務先生との件は、私の中で忘れようにも忘れられないくらい大きなものに膨れ上がっていたのだ。

なんだ、そう考えると私とふみはおあいこじゃないか。ふみが私を見ていなかったように、私も本当はふみを見ていなかったのだ。
しかし、ふみの勇気を無下にすることはできない。

「ふみ・・・。ふみ、ありがとう、言ってくれて」

そう、だから私は「完璧な杉本恭己」を装う。

「私はふみが好きだよ」
「せんぱ、」
「だから・・・。私を見て」

ふみの言葉を遮って、少しの我儘を言う。我ながら意地の悪い言葉だと思うし、私がふみにそんなことを言うのは、全然平等じゃない。でも、こうしないと各務先生との「おもいで」に押しつぶされそうだった。

ふみはキョトンとした後、薄く微笑んで「はい」と言った。それで少しは救われる。


「先輩、聞いてくださってありがとうございました」
「良いの良いの。話したいことはそれだけ?」
「はい」
「そっか、じゃ、戻ろう」

そろそろ30分経つ。稽古が再開されるだろう。
さっき来た道を逆方向に進んで、ホールへ戻る。


もう少し。もう少し私が自分の気持ちを出せるくらい強くなったら、ふみに全てを聞いてもらおう。各務先生とのこと、京子とのこと、私の中には「どうしようもないこども」が居ること。

そうしたら私たちは、きっと今まで以上に幸せになれる。各務先生とのことも、京子とのことも忘れて。



たとえそれが叶わぬことなのだとしても、私はそう願ってやまない。


end
原作でふみちゃんが杉本先輩に千津ちゃんとのことを言うのは演劇祭後なので、かなり捏造入っています。
とりあえず、読んでくれてありがとうございました!
2010年8月3日