「せ、先生…。一緒に写真撮ってもらえますか」
早咲きの桜が咲く卒業式。先生にそう言った私の声は情けなく震えていたけれど、先生は笑顔で頷いてくれた。
それにホッとして、私は傍に居た友人にデジカメを渡す。
「どこで撮ろうか?桜が入るところが良いね。
あそこで写真撮ってる集団が退いたらあそこで撮ろうか」
そんな先生の言葉に私はこくんと頷いた。 …返事を声に出せなかったのは、たぶん、情けなく震えるのを隠したかったからだと思う。
「あ、終わったみたい。じゃ、撮ろうか」
そうして、私と先生は桜の木の下に並び、カメラを見る。
「2人とも、笑って笑ってー!」
そんな友人の声に続き、パシャリという音がした。そして小走りに私たちのもとへ走ってきて、「こんなんでどう?」と先程撮った写真を見せた。
どれどれ…と先生がデジカメをのぞきこむ。
先生はかなり小柄な方だから、私が先生を見下ろすかたちになるのだけど、そんな先生の行動はとても可愛かった。
「うん!よく撮れてるね。 今日はありがとうね、佐倉さん」
「え…?」 不意に名前を呼ばれ、思わず間抜けな声が出てしまった。
高校3年間で先生の英語の授業を受けたことは無かったから、てっきり名前を覚えられていないと思ったのだ。
そして謎のお礼…。
「ふふ、私って1度も佐倉さんのクラス受け持ったこと無いでしょう?だからまさか写真に誘われるなんて思わなくて…。
でも良い思い出ができたわ。ありがとう」
先生はそう言ってニコッと笑った。
その笑顔を見た瞬間、なぜか私の目から涙がこぼれた。
「え、ええっ、佐倉さん!?」
遠くで「あ〜先生泣かした〜」と先生をからかう声が聞こえた。そう言えばこんな風に生徒からいじられてたなあ、なんてことも思い出して、また涙がこぼれた。
先生は「卒業式でまで私をからかうんじゃなーい!!」と怒鳴りながら、私の背中をさすってくれた。
「佐倉さん?大丈夫?」
「だいじょ、ぶです…」
そうは言ったものの、色んな想いが胸で渦巻いて全然大丈夫じゃなかった。
それらの想いは、ずっと私が伝えたかったもの。
先生の英語の発音の良さは、私の憧れでした。
在学中に機会があったらずっと話してみたかった。
先生の左手の薬指には指輪がはめてあるけど、それでも私は、ずっと先生のことが…。
好き、でした。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、なぜだかその二文字だけは伝えなければならない気がした。
「先生…、」
涙をこらえて絞り出した声はとても小さかったけれど、先生は気づいて私の口許に耳を寄せてくれた。
「私、先生のことがずっと好きでした」
女同士で、年も一回り近く離れていることも気にならないくらい、私はあなたのことが好きだった。
そんな私の告白を、当然「愛の」告白だと受け取らなかった先生は、さっきと同じようにニコッと笑いながら、「1度だけでも、佐倉さんを教えてみたかったな」と言った。
(…失恋、か)
初めから結末がわかっていた恋だった。それでも、悲しい。こらえていた涙が、再び溢れそうになる。
けれど、こぼしてしまったら今度こそ止まらなくなりそうだったから、なんとかこらえた。
それに、先生に伝えたいことがまだあるのだ。
「先生」
「なあに?」
今度の声は情けなく震えたりしなかった。
「…お幸せに」
左手の薬指の指輪を見ながらそう言うと、先生は大袈裟に赤くなった。
「あっ、あああありがとう!!
さささ佐倉さんも、大学で色々頑張ってねっ」
「はい…っ」
「あーっ先生!先生の相手ってどんな人〜?」
私たちの傍で写真を撮っていた生徒が茶化しながらそう訊いた。
…そんなこと聞いてしまったら、立っていられないくらい号泣してしまう。
だから私はそっとそこから離れ、遠くで私の様子を見ていた友人のところへ行った。
そっと2人で、校門を抜ける。
「頑張ったね」
「…うん」
「写真、現像できたら渡しに来よう。先生、退職はしないって言ってたから」
「そうだねぇ…」
そう言って、私は4月からの自分を思い浮かべてみた。その時になったら、堂々と笑顔で先生と話すことができるだろうか。
「大丈夫だよ」
まるで私の心を読んだかのようなタイミングで、友人が言った。
「あんたにはあたしがいるもん。落ち込んでる暇なんてないよ?もーがんがん笑わせてやるから!」
にしし、と歯を見せて笑う彼女に、少し胸が軽くなる。
同時に、私は本当に良い友達を持ったのだ、と誇らしくなった。
「ありがと、麻衣・・・」
「・・・ん。だからさ、そんな悲しそうな顔しないで。どうせなら笑って言って?」
「うん、ありがとう」
さっきまで泣いていたから、ぎこちなくなってしまわないかと不安だったが、それは杞憂だった。
「やっぱり笑った顔が可愛いよ」
そう言って麻衣は私の手に自分の手を絡めた。ふくふくした暖かいてに包まれて、なんだか幸せな気分になった。
(ほんと、失恋で落ち込んでる暇なんかないや)
これから先どうなるかわからないけれど、彼女とこうして手をつないで歩く人生も決して悪くない。
そんなことを考えてたら、麻衣が隣で微笑んで、言った。
「・・・あたしもそう思う」
・・・何かが始まるかも知れない、そんな卒業式のおわり。
end
「エロティクス・F vol,69」の、辻村深月さんの「青い花」へのラブレターを読んでいたら書きたくなってしまい、思いっきり季節外れにも関わらずこんな時期にうpです。
なんか・・・たまに書いたと思ったら季節外れネタですみません・・・。
2011年8月2日